森の響(もりのおと)

 

愛知県日進市米野木町

     南山973-13

Tel / Fax

     0561-73-8763

 

10時~18時

毎週火曜・第3水曜定休

席数 36席

駐車場 36台

店内全て禁煙

このページをシェアする

このページにいいね!をする

森の響 facebook ページに

いいね!する または 移動する

お店の営業日をチェック

 (10時~18時)

■8月のコンサート‐2016

このイベントは終了致しました

ロベルト杉浦:ラテン歌手

日野志穂:ピアノ

荒川”B”拓哉:パーカッション

 

【予定演奏曲】

ラ・クンパルシータ / ベサメムーチョ / グラナダ

シェリトリンド / オーソレミオ / 勿忘草   他

 

8/23(火)

①昼の部14:00~

②夜の部18:30~

2,900円(ドリンク・ケーキ付き)

ムービー

「ラ・クンパルシータ」 ロベルト杉浦

「想いの届く日」 ロベルト杉浦

Como fue(Treatro Mella) ロベルト杉浦

 

南米のスターが何故ここで?!

 

 

南米諸国で最も有名な日本人 ロベルト杉浦さんを知っていますか?

ブラジルを除く14の国では知らない人がいないほどの超有名人なのですが、ご存知ないですか?

 

 

アルゼンチンでは一般人の平均年収の40倍も稼ぎ、ラテン歌謡界の頂点を極めた人です。

多くの超VIPな著名人とも交友関係があり、彼の歌声に恋に落ちない女性はいないという逸話まで持っています。

まさにスーパースター。

 

でも、そんな彼が何故ここに?

 

 

 

確かにそう、スーパースター・・・でした

 

 

そう、それは過去の話・・・実は・・・

 

1970年、彼は名古屋に生ました。

お父さんの影響で幼い頃から歌を歌うことが大好きでした。

日本歌謡や演歌などを聴きいて育ちました。

なんと3歳の頃すでにコブシを使って歌うようになっていたのです。

 

中学生になるとラテン音楽のレコードに聴き入るようになり、アルゼンチン・タンゴに魅了されるようになります。

その後、大学在学中の19歳でプロデビュー。

日本No.1タンゴ歌手として実力を知られるまで時間はかかりませんでした。

 

 

 

天才タンゴ歌手 アルゼンチンへ

 

 

1993年、アルゼンチンに単身渡りラジオやライヴに出演。

なんと、大物タンゴ歌手の ロベルト・ルフィーノに実力を認められ、彼の名「ロベルト」を正式に与えられたのです。

 

 

コロンビア、キューバでもタンゴ、ボレロの実力歌手として数々のラジオ、新聞、テレビが称賛し、その地位は不動のものとなっていったのです。

多くの有名人との共演をきっかけにプエルトリコ、ドミニカ共和国でも歌唱力を称える驚異の評価が広がりました。

 

 

 

ギネス記録を持つ番組に

 

 

2000年には南米14カ国で放映されてギネスにも登録されている大人気長寿番組にレギュラーで出演するようになったのです。

ラテン・アメリカ中で絶大な知名度獲得することとなりました。

さらにこの番組で最高に名誉な「サバト・ヒガンデ賞」を授与され、チリやベネズエラ、コロンビアでもテレビ出演するようになります。

観衆は熱狂的に彼をたたえ、メディアはこぞって取り上げ称賛の嵐を送りました。

 

ここまでは誰もが羨むまれに見るサクセス・ストーリーでしたが・・・

 

 

 

最も有名な日本人がある日・・・

 

 

そうあの時までは、彼は確かに南米諸国で最も有名な日本人でした。

しかし、このあと・・・

 

 

そんなある日、マネージャーに金を持ち逃げされたのです。

運に見放されるというのはこういうことなのでしょうか。

これを期に運気がどんどんと下がって行くのです。

 

 

 

 

なんと、借金1億円

 

 

次第にテレビからもそっぽを向かれ収入はゼロという日が2年も続きました。

高級住宅を追われ、汚い安アパートで暮らすことを余儀なくされました。

ついには1個50セント(約50円)のカップ麺をすする生活にまで転落。

借金がいつしか1億円に・・・

 

 

 

ゆめ途絶え、逃げ帰る

 

 

さらに命の危険を感じることを経験し、かつての栄光の地ラテン・アメリカを後にすることになったのです。

 

日本に帰ってもかつての栄光の映像などは版権の絡みがあり一切使用をさせてもらえません。

自分のやってきたことを証明できるものは何もなかったのです。

 

 

 

みかん箱の上のライブ

 

 

それでも彼は諦めない。

家賃8万円のアパートから再出発をします。

商店街のみかん箱の上でのライブやショッピングモールのミニライブなど地道な活動から始めた。

 

でも、本場が認めて賞賛した実力は本物ですから。

大丈夫、日本でも認めてもらえるはず。

 

 

そして彼に手を差し伸べたのは「ビクターエンタテインメント」です。

阿木耀子さんの作詞でCDをリリース。

ラジオ出演など各地でのコンサート活動など徐々に活躍の場を増やしてきているのです。

 

 

 

最高のエンターテイナー

 

 

ロベルト杉浦さんの魅力は歌のだけではないのです。

キャラクター自体が熱いラテン系なので観る人を笑わせ、楽しませる素晴らしいエンターテイナーであることなのです。

コンサートは笑いと感動と笑顔さして割れんばかりの拍手で包まれます。

 

 

 

難航する企画成立

 

 

今回のコンサートはやっとの想いで成立したものなのです。

ロベルト杉浦さんのコンサートは今回が2回目です。

前回の反響がすごかった。

そして何より僕自身がすごく感動しました。

本場で認められる実力の凄さに驚きを隠せませんでした。

なのですぐに次のコンサートの計画を練りました。

 

しかし、忙しくてスケジュールが合わない。

過去に3度の交渉が水の泡となりました。

今回4回目でお互いの都合が合い開催できることが決定したのです。

 

 

 

最高の共演者

 

 

しかも、無理と言われた前回と同じメンバーでのコンサート。

しかし、どうしてもを通したので、実現することができきました。

そう、共演者も素晴らしい演奏なのです。

 

ピアノ:日野志穂

パーカッション:荒川”B”拓哉

 

どちらも引っ張りだこで人気のミュージシャンです。

その演奏を聞けば忙しい理由がわかります。

ラテンの軽快なリズム、そして躍動的なリズムを身体全体で感じられる演奏です。

 

是非、ご自身で体感してください。

 

 

  

 

強くお薦め致します

 

毎月厳選したミュージシャンの生の演奏をお届けしています。

多くの人に「音楽」の素晴らしさ、豊かさを思い出してもらいたいと、

心から願っています。

 

今回は個人的に僕もとても楽しみにしているコンサートです。

素晴らしい演奏者の度肝を抜く演奏に深く酔いしれたいと思ってます。

 

 

 

さぁ、準備は整いました。

あとは皆さんを待つだけです。

 

今回も素晴らしい演奏を目の前で聴く迫力と臨場感。

体験した人しか分からない心の満足感をご提供いたします。

 

是非、ご体験してください。

お席には限りがございますので、

今すぐご予約のご連絡を。

皆様とお会いできるのを楽しみにしております。 

ロベルト杉浦

【ロベルト杉浦】

1970年名古屋市で生まれる。

 

父親の影響で日本の昭和歌謡や演歌などを聴き、既に3歳の頃からコブシを付けて歌っていた。小学生時代にはボーイ・ソプラノで『リンゴの唄』を歌い、各地方ののど自慢大会で優勝をかっさらう。

 

京都大谷大学在学中の19歳の頃よりタンゴ歌手としてデビューし、以降日本のさまざまなタンゴ楽団で歌い、瞬く間に日本国内No.1の歌い手として実力を知られるようになる。

 

1993年、アルゼンチンに渡り、現地のラジオやライブに出演。自ら尊敬して止まないタンゴの大歌手、ロベルト・ルフィーノにその歌唱力を認められ、彼の名『ロベルト』を正式に与えられる。

 

以降、本格的にボレロ歌手として、コロンビア主要都市で開催される『ボレロ国際フェスティバル』に何度も出演する。圧倒的な歌唱力と情熱で歌いきる『ロベルト・杉浦』をコロンビアの聴衆は熱狂的に受け入れ、ラジオや各新聞社はこぞって取り上げ賞賛した。コロンビアでのリサイタルの際には、数々のテレビ出演を行い、その地位を不動のものにしていく。

 

その噂はベネズェラやエクアドルにも広がり、名を知られるようになる。

 

その頃日本では、映画『ブエナ・ビエタ・ソシアル・クラブ』で大ヒットした女性歌手、オマーラ・プルトゥオンドとライブで共演。

 

2000年よりマイアミのエージェントと契約。スペイン語圏の約100万人が観ていると言われる超人気番組『サバト・ヒガンテ(巨大な土曜日)』にレギュラー出演。確かな歌唱力とコミカルな演技で、ラテン・アメリカ中で絶大なる知名度を獲得。

 

2001年、番組出演を機に、新たにチリ・ベネズエラ・コロンビア等の主要テレビ番組に出演し続け、本名の『タカフミ』の愛称でゴールデンタイムの顔になる。

 

2009年、メキシコのエージェントと契約。日本に対するアプローチとして、幼少の頃心に懐かしく秘めていた昭和時代の歌謡曲を、熱く熱く歌い上げる道を開拓し始める。

 

日本国内では、海外と日本を往復する中、バンドネオン奏者の小松亮太のコンサートツアーに参加することに 加え、ラテンジャズピアニストの平田フミト、オルケスタ・デ・ラ・ルスで活躍し現在は熱帯JAZZ楽団で活動 しているカルロス菅野、パーカッションの大儀見元、バイオリニストの寺井尚子らなどとも共演をしている。 (その間に、NHK「公園通りで会いましょう」に1回、NHK「テントでセッション」に2回出演)

 

2003年、音楽アカデミー賞にもノミネートされた名トレス奏者、ネルソン・ゴンサレスのプロデュースに より、ボレロのアルバム「Yo canto boleros」をリリース。その後、ネルソン・ゴンサレスとは日本で共演の コンサートを開催した。 その間、新たな挑戦として、クンビア、マリアッチ、ランチェラなどもメキシコで歌い始める。

 

2004年、アルゼンチンにて、オスバルド・プグルエーセ楽団の最期の15年間をコントラバス奏者として 過ごしたアミルカル・トローサ率いるコロール・タンゴ楽団と4回共演は絶賛を得て、アルゼンチン の各新聞社にロベルト・杉浦について掲載される。このときのライブ録音が後の2006年、 「Color Tango Tolosa-Roberto Sugiura/Buenos Aires-Tokio」としてアルゼンチンにてリリースされる。

 

2010年6月、ビクターエンターテイメントより、「ダメウンベソ」(阿木燿子作詞/アンドレス・デ・レオン作曲) をリリースし、日本でメジャーデビューを果たす。(その間に、テレビ東京「世界を変える100人の日本人」、フジテレビ「笑っていいとも」、 日本テレビ「スッキリ」、テレビ東京「スーパーモーニング」、NHK「NHK金曜バライテイー」などのテレビ番組に出演)

http://roberto-sugiura.com/japanese/

 

 

日野志穂

 

 

【日野志穂】

岐阜県出身。東京芸術大学音楽学部楽理科卒業。1年間のキューバ音楽留学を経て、キューバのクラシック音楽から現代のポプラー音楽(サルサ・チャチャチャ・ダンソン・ソン・マンボ・アフリカ起源のルンバ・フィーリン)等をレパートリーとするピアニスト

 

 

荒川”B”拓哉

 

【荒川”B”拓哉】

中学のビッグバンド部で、ドラムを始める。名古屋芸術大学で作曲・編曲・PAやレコーディングの知識を学ぶ。美座良彦氏に師事し、ラテンにのめり込む。ラテン音楽を少しでも身近なものにしたいという思いで立ち上げた自身のラテンバンド「BーStyle」 「B-Style Big Band」等 ジャンルを問わず活躍中。音楽理論を野々田万照氏、演奏技術をカルロス菅野氏、美座良彦氏、ルベンフゲロア氏に師事。

 

◆過去のコンサートに参加された方の感想