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ロベルト杉浦:ラテン歌手
日野志穂:ピアノ
荒川”B”拓哉:パーカッション
【予定演奏曲】
ベサメムーチョ / ラ・クンパルシータ / ある恋の物語
リベルタンゴ / 想いの届く日 他
6/17(火)
①昼の部14:00~
②夜の部18:30~
2,800円(ドリンク・ケーキ付き)
ラテン・アメリカでは超有名人!
圧倒的な歌唱力ともの凄い声量でタンゴやボレロなどのラテン音楽を歌います。
タンゴの大歌手”ロベルト・ルフィーノ”にその歌唱力を認められ、
彼の名”ロベルト”を正式に与えられた本物のラテン歌手。
本場ブラジル以外の南アメリカ全土では
知らない人がいないほどの超有名人である。
世界的なビッグ・ネームとも交流も多数。
今回はピアノとパーカッションをバックに
その素晴らしい歌唱力で耳馴染みの強いラテン音楽を披露。
今後日本でも勢力拡大をしていくでしょう。
【ロベルト杉浦】
1970年名古屋市で生まれる。
父親の影響で日本の昭和歌謡や演歌などを聴き、既に3歳の頃からコブシを付けて歌っていた。小学生時代にはボーイ・ソプラノで『リンゴの唄』を歌い、各地方ののど自慢大会で優勝をかっさらう。
京都大谷大学在学中の19歳の頃よりタンゴ歌手としてデビューし、以降日本のさまざまなタンゴ楽団で歌い、瞬く間に日本国内No.1の歌い手として実力を知られるようになる。
1993年、アルゼンチンに渡り、現地のラジオやライブに出演。自ら尊敬して止まないタンゴの大歌手、ロベルト・ルフィーノにその歌唱力を認められ、彼の名『ロベルト』を正式に与えられる。
以降、本格的にボレロ歌手として、コロンビア主要都市で開催される『ボレロ国際フェスティバル』に何度も出演する。圧倒的な歌唱力と情熱で歌いきる『ロベルト・杉浦』をコロンビアの聴衆は熱狂的に受け入れ、ラジオや各新聞社はこぞって取り上げ賞賛した。コロンビアでのリサイタルの際には、数々のテレビ出演を行い、その地位を不動のものにしていく。
その噂はベネズェラやエクアドルにも広がり、名を知られるようになる。
その頃日本では、映画『ブエナ・ビエタ・ソシアル・クラブ』で大ヒットした女性歌手、オマーラ・プルトゥオンドとライブで共演。
2000年よりマイアミのエージェントと契約。スペイン語圏の約100万人が観ていると言われる超人気番組『サバト・ヒガンテ(巨大な土曜日)』にレギュラー出演。確かな歌唱力とコミカルな演技で、ラテン・アメリカ中で絶大なる知名度を獲得。
2001年、番組出演を機に、新たにチリ・ベネズエラ・コロンビア等の主要テレビ番組に出演し続け、本名の『タカフミ』の愛称でゴールデンタイムの顔になる。
2009年、メキシコのエージェントと契約。日本に対するアプローチとして、幼少の頃心に懐かしく秘めていた昭和時代の歌謡曲を、熱く熱く歌い上げる道を開拓し始める。
日本国内では、海外と日本を往復する中、バンドネオン奏者の小松亮太のコンサートツアーに参加することに 加え、ラテンジャズピアニストの平田フミト、オルケスタ・デ・ラ・ルスで活躍し現在は熱帯JAZZ楽団で活動 しているカルロス菅野、パーカッションの大儀見元、バイオリニストの寺井尚子らなどとも共演をしている。 (その間に、NHK「公園通りで会いましょう」に1回、NHK「テントでセッション」に2回出演)
2003年、音楽アカデミー賞にもノミネートされた名トレス奏者、ネルソン・ゴンサレスのプロデュースに より、ボレロのアルバム「Yo canto boleros」をリリース。その後、ネルソン・ゴンサレスとは日本で共演の コンサートを開催した。 その間、新たな挑戦として、クンビア、マリアッチ、ランチェラなどもメキシコで歌い始める。
2004年、アルゼンチンにて、オスバルド・プグルエーセ楽団の最期の15年間をコントラバス奏者として 過ごしたアミルカル・トローサ率いるコロール・タンゴ楽団と4回共演は絶賛を得て、アルゼンチン の各新聞社にロベルト・杉浦について掲載される。このときのライブ録音が後の2006年、 「Color Tango Tolosa-Roberto Sugiura/Buenos Aires-Tokio」としてアルゼンチンにてリリースされる。
2010年6月、ビクターエンターテイメントより、「ダメウンベソ」(阿木燿子作詞/アンドレス・デ・レオン作曲) をリリースし、日本でメジャーデビューを果たす。(その間に、テレビ東京「世界を変える100人の日本人」、フジテレビ「笑っていいとも」、 日本テレビ「スッキリ」、テレビ東京「スーパーモーニング」、NHK「NHK金曜バライテイー」などのテレビ番組に出演)
http://roberto-sugiura.com/japanese/
【日野志穂】
岐阜県出身。東京芸術大学音楽学部楽理科卒業。1年間のキューバ音楽留学を経て、キューバのクラシック音楽から現代のポプラー音楽(サルサ・チャチャチャ・ダンソン・ソン・マンボ・アフリカ起源のルンバ・フィーリン)等をレパートリーとするピアニスト
【荒川”B”拓哉】
中学のビッグバンド部で、ドラムを始める。名古屋芸術大学で作曲・編曲・PAやレコーディングの知識を学ぶ。美座良彦氏に師事し、ラテンにのめり込む。ラテン音楽を少しでも身近なものにしたいという思いで立ち上げた自身のラテンバンド「BーStyle」 「B-Style Big Band」等 ジャンルを問わず活躍中。音楽理論を野々田万照氏、演奏技術をカルロス菅野氏、美座良彦氏、ルベンフゲロア氏に師事。
「ラ・クンパルシータ」 ロベルト杉浦
「想いの届く日」 ロベルト杉浦
Como fue(Treatro Mella) ロベルト杉浦